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web of life 光合成のはなし
2008/03/12 Wednesday 23:55:35 JST
循環する太陽の生命力~フファカ
 
初出
“コ ロンビアのアマゾン川流域に暮らす”ウファイナ・インディアン”は、生きとし生ける物において存在するフファカと呼ばれている生命力を信じている。この生 命力の源は太陽である。フファカは太陽から地球に届き植物、動物と人間の間で絶えず再循環する。各グループは、生きるために最低限の生命力を必要とし、全 体のエネルギーのストックからエネルギーを借りていると考えられている。いかなる存在も死ぬ時にはエネルギーをリリースし、エネルギーはストックに戻る。 同じように、生きている存在が他の存在を消費するときたとえば、鹿が木の葉を食べる時、または植物が土から栄養物を取り入れるとき、もしくは、人が木を切 り倒して空き地を作るとき、消費者は消費された存在のエネルギーを獲得する。ウファイナ・インディアンにとって重要なことは、生命力がこのような方法で1 つの種から他のものへと再循環し続けるということ。そして、いかなる存在も自然のバランスが崩れるほどに生命力を奪ったり、必要以上にため込まないことで ある。”
( by von Hildebrand, 1988)
   

私たちは太陽エネルギーを食べている?

 

  私たちが普段食べている肉や魚や加工品などが、もともと何から出来ているのかを考えてみましょう。動物や魚が食べているエサを遡ってみると、全ては植物や 藻類に行き着くはずです。植物や藻類は水と二酸化炭素を原料に太陽の光エネルギーを吸収して光合成を行い、酸素を放出し、糖などの栄養分を作りそれ自身の 体に蓄えています。植物や藻類は光合成によって栄養を作り出すのですから、太陽の光で出来ていると言っても間違いではありません。植物や藻類のように太陽 から直接エネルギーを取り込む代わりに、私たちは食事によって間接的に太陽エネルギーを取り入れています。太陽エネルギーが生命体化した姿、それが私たち を含む、多種多様な生物だと言ってもおかしくないでしょう。

 

 

いのちの鎖、食物連鎖(Food Web)

  自然の生態系の中=生命圏には、食物連鎖と言われる物質とエネルギーの循環があります。食物連鎖は太陽の放射エネルギーによって起動される、気圏・水圏・ 地圏の大循環と密接に連動しています。例えば海の食物連鎖では、海流の大循環によって無機栄養物が深海から表層に運ばれていきます。すると海中の植物プラ ンクトンは盛んに光合成を行い増殖し、それをエサにする動物プランクトンが増殖します。次にそれをエサにする小魚が、さらに小魚をエサにする大型の魚 が……。このように太陽の放射エネルギーにはじまる、食物連鎖が成立してはじめて、マグロの寿司を食べることも可能になるわけです。食物連鎖の中で植物・ 動物・微生物はそれぞれに役割を果たしており、生産者・消費者・分解者と呼ばれます。

 

 

[生産者]
植物は光合成によって、酸素と食物を生産する。水を地下から吸い上げ蒸散させる働きもする。
[消費者]
動物は植物によって生産された炭水化物を食物とするので消費者と呼ばれます。草食動物を餌とする肉食動物も消費者です。また、動物は運搬者とも呼ばれます。 例えば鮭は産卵のために自分が生まれ育った川を遡行し、そこで死にます。死体は川に住む微生物の栄養になり、再び食物連鎖のサイクルに入ります。
[分解者]
微生物は植物や動物の排泄物や死骸を餌にしています。普段目立たない微生物ですが、健全な土中には1gあたり10億個もの微生物が生息していると言われま す。微生物は有機物を分解して、再び水と二酸化炭素、無機栄養物にもどします。微生物はこうして植物に養分を供給しています。

 

   
ウェブ・オブ・ライフ
 


 食物連鎖に見られるように、多様な生物が相互に繋がる事で、はじめて生態系全体=生命圏が成り立つのが生命の本質です。太陽エネルギーに起動される、地 球の気圏・水圏・地圏の大循環と連動しながら、多様な食物連鎖のプロセスを通じて、生命圏は活性化し健康な状態を維持しています。逆に、人間の利己的な活 動によって気圏・水圏・地圏の大循環や、生物の多様性が失われると、生命の繋がりそのものが不安定になり生命圏は不健康になり、やがて死へと向かいます。
太陽エネルギーを源にする地球環境と生命の繋がりはウェブ・オブ・ライフ(WEB OF LIFE)と呼ばれます。このウェブ・オブ・ライフを大切に守っていく事は私たち人の役割です。そのためにも太陽と地球と生命の繋がりを科学し、その全体 像を理解する必要性があるのです。

   
 
 
三葉虫からのメッセージ
2008/03/10 Monday 09:15:29 JST
ライフストーリーという素敵な絵本がある。
宇宙の誕生に始まり、地球の進化の歴史が舞台仕立てで展開していく。息子の太陽お気に入りの本だ。
太陽はカンブリア紀のページに出てくる三葉虫を見つけ、
「デンデン!」と叫んだ。

今夜は息子との風呂に三葉虫の化石を連れ込んだ。
お湯をはった洗面器に三葉虫を入れた太陽は、
「デンデン、イタ!」とご満悦な様子である。
ちょっとパパにかしてよ、と言っても、首を振るばかりで渡してくれない。



この、デンデンならぬ三葉虫の化石は、
役者の緒形拳さんがペルーのチチカカ湖のほとりで見つけたものだ。
これぞと思う黒い石の塊を拾って叩き割ると、パカッと中から三葉虫が現れるのだそうだ。
これに結構はまったらしい。
その中でも、これが一番大きいやつなんだといいながら、
ポケットからおもむろに三葉虫を取り出し、ぼくに手渡した。
NHKドラマ「海の群星」で共演し、約1ヶ月の間八重山諸島に滞在しながら、
ウミンチュとしてすごした撮影後のことだった。


この、三葉虫の化石が、ある時、思いもよらぬ体験をプレゼントしてくれた。
それは、ペルーのシャーマンが使うアヤワスカというメディスンを使ったセレモニーを、
自宅で執り行っていたときのことだ。
三葉虫を手に握り締めながら、ぼくは、唐突に三葉虫が泳ぎ回るただ中にいたのだった。

濃密な大気(それは今海と呼ばれている)の中で、
たくさんの足を前に後ろに動かして、一生懸命に泳ぎまわる。
仲間たちもたくんいる!
その、なんという誇り。そして喜び!
繁殖のための交歓。
その電気的で純粋な悦び!!

まるで、博物館の展示で立体映画を観ているように、展開していく光景を見ながら、
三葉虫の気持ちに共感していた。

三葉虫の声が脳の中響きわたる。
「自分たちは、イタ!」
「地球の進化のために、役割を果たした」
「次のモノたちにバトンタッチして、自分たちは消えた」
「そのことを、知っていてほしい」

気がつくと、もとの世界に戻っていた。

あれ以来、4億5千年前の地球にイタという三葉虫たちのことが、
リアルなものになった。



(ひとつ、秘密を明かそう。
ぺヨーテソングを唄うとき、ウォータードラムの中には、水と共に三葉虫の化石を入れている。
ウォータードラムのワンビートが打ち鳴らされると、ケトルがうなりだし、倍音が発生する。
耳鳴りのような、ゾクゾクする不可解な音が聞こえ出す.....。
周りに、何かの気配がする。来たな!とひそかに思う。
....あなたも、ぜひ今度聞いてみるといい。)



その後、NHKドラマ「聖徳太子」の撮影で久しぶりに拳さんに出会った機会に、
三葉虫との交感の体験談をした。
「荒井らしいエピソードだ」と拳さんは言った。

撮影終了後。
今度は茶封筒を渡された。
その中には、まだ、カチ割っていない黒い石の塊が入っていた。
「なるほど、この中に三葉虫が眠ってイルわけか」
わざわざ4億5千年の眠りから三葉虫を叩き起こす気はなかった。
そうだ。いつかまた、交感しあえることもあるだろう。

その黒い石の塊は、いまだに、黒い石の塊のままだ。


つづく


Frozen In Rock by tarotastic
http://flickr.com/photos/tjt195/37305041/
 
カリンのつぶやき 微小貝の島唄
2008/03/10 Monday 09:13:01 JST
霜がおりだしたある冬の朝。
庭のカリンの木の下に、黄色く実ったカリンの木がごろごろっと転がっていた。
あぶらっぽい実をつかんで、約束されていたかの様に鼻に近づけてみる。
生々しいカリンの香り。柑橘系のようにパーッと広がる香り方ではない。
おおげさじゃないというより、むしろ遠慮がちな香りが漂っていた。
さて、この実をどうしよう?
種取り用の実を残して、風呂に入れてみることにした。

もうずぐ2歳に成る息子と、カリンが待つ風呂に入る。
プカプカと呑気に浮きながら、相変わら静かな香りを漂わせている。
そのとき、僕と息子は同時に気がついた。
カリンがプチプチと微かな音を出して呟いているのだ。
初めて聞くみょうちくりんなカリンことば。

カリンを手にとって息子の耳に近づけてやる。
ジジ。ジ。ジージジ。
僕も別の実を耳に持っていく。
プチ。チチチチ。プップップッチ。チッチ。
僕たちは思わぬカリンの合唱にドット笑った。
別次元からやってきた宇宙人のようなカリン達の鼻唄に、
深い海の底に沈んでいた記憶の箱が開いた....。

..あれは、奄美大島の南にあるカケロマ島での最初の夜だった。
カケロマ島にたどり着いてすぐに意気投合した里さんが建てた貝の博物館が、
その夜のぼくの宿だった。
寝袋を広げて転がりながらも、神経が昂ぶり寝付けずにいた。
女たちが歌う島唄が微かに聴こえていた。。
里さんが昼間、聞いていたネーネーズのCDがかかっているのだろう。
はじめはそう思っていた。
音楽を止めようと思って、ステレオ装置を確認しに行った。
あれ?おかしいな??電源はOFFに成っているぞ。

どこからともなく聞こえてくる、漂う空気に溶け込むような島唄に、じっと耳を傾けてみる。
同じフレーズを何度も何度もリフレインしながら、
気がつくと今さっきのメロディーと違うものに変化していく。
これは、人間の唄とはちがう。
もしかして?
ぼくは、あたりを見回してみた。
貝。貝。貝。右を向いても左を見ても貝が置いてあった。
当たり前だ。ここは貝の博物館だ。
カケロマは日本でも有数の微小貝の産地、貝の多様性のセンターなのだ。

貝が唄っている。
それしか、考えられなかった。
そのとき、はっと気がついた。
唄うという字は、口に貝と書くではないか!
戦慄した。
貝が島唄を唄うことをぼくは理解した。
何か祝福のようなものとして、僕は受けとめていた。

次の朝、里さんに自分の体験を話した。
里さんは満足げに笑みを湛えながら、
「そういうことは、あるでしょうねー」と言った。ような気がする。(記憶が怪しい)
その後、ぼくはカケロマ島に移住することになるのだが、
その話は、またの機会にゆずろう。


ところで、僕の息子は、何でも楽器だと思っているふしがある。
というより、そのように育てられたふしがある。(親の顔がみたい?)
ストーブの柵、映写用のスクリーン、思わぬものを楽器として楽しんでいる。
石油ストーブに火をつけると、だんだんと温まっていきながら、カン。カン。と音をたてる。
その音のピッチは段々と早まっていく。
まるで、ぺヨーテソングのウオータードラムのワンビートの様に。
息子はその音に合わせて、なんと、踊る。

世界は不思議な音に満ちている。
いや、音が世界を創造している。
音は生きている。
空間も生きている。
僕たちは、その実相をよく知らない。
僕たちは、ただ世界に耳を澄ます。
 

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